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林雄介のブログ!(はてな)

作家の林雄介。元農林水産省のキャリア官僚。政治評論家。

福沢諭吉と勝海舟と榎本武揚と大鳥圭介。(*^_^*)

いつもありがとうございます。林雄介です。(*^_^*)

やせ我慢の説という福沢諭吉の謎理論があります。幕府の高官であった勝海舟榎本武揚が明治政府から爵位を受けたことに対する個人攻撃です。

しかし、福沢諭吉という人は、友達には甘いので、榎本武揚とともに五稜郭で戦い、明治政府から男爵を貰った友人の大鳥圭介についてはスルーしています。

福沢諭吉という人は、誰にでも喧嘩をうるわかりやすい人なんだけれど、相手が下手に出ると、個人攻撃をやめるんですよ。大隈重信福沢諭吉がボロクソに書いていたんですが、対談した時に、大隈重信慶應を持っている福沢先生は羨ましいと言った。そうしたら、福沢諭吉が気をよくして、「大隈先生も学校をお作りになればよろしい」とかえして早稲田大学ができたんです。ですから、そのあと、大隈重信慶應のために金集めをしています。

勝海舟は、五尺ない四尺(子爵)の褌と返して、伯爵になったんです。榎本武揚は子爵、大鳥圭介は男爵。これ、爵位を受けた理由がちゃんとあるんですよ。1、徳川慶喜松平容保、徳川宗家、そして賊軍にされた幕臣の名誉回復と待遇改善。

もしも、勝海舟が子爵になると、勝海舟江戸城明け渡しの責任者だから、幕臣爵位の相場が勝の子爵を基準に決められる危険性があった。だからごねて伯爵にさせたんですよ。勝が伯爵なら他の人は子爵か男爵を貰えるから。

実際に、榎本武揚幕臣の就職斡旋、勝海舟は徳川家への爵位授与活動に動き、徳川宗家は公爵、徳川慶喜は公爵、松平容保日光東照宮宮司、その息子の松平容大と松平保男は子爵、大臣をやった官僚の息子の孫、勢津子は秩父宮親王の妃。(会津松平家から親王妃が出たことで会津松平家の復権完了)。徳川慶喜の子、徳川喜久公爵は、有栖川宮の王女と結婚、その子の徳川喜久子が高松宮に嫁ぎ、高松宮喜久子に。

大正天皇の4人の親王妃の内3人が佐幕派の家系。

林雄介with,you。