林雄介のブログ!(はてな)

作家の林雄介。元農林水産省のキャリア官僚。政治評論家。

和田直也君、岐阜市議会議員選挙トップ当選!林雄介と日本のこれから。

前回、選挙に引き続き5千票のぶっちぎりで和田直也君が、岐阜市議会議員選挙に当選しました。

 

まず、「和田直也君をハムスターより小さくする会」の皆様にはお礼申し上げます。

 

さて、彼は、人柄もよく、また、野田聖子議員とも親しく、次期、岐阜のニューリーダーとして、県政、あるいは国政、岐阜市長に育っていくことでしょう。

 

ちなみに、5年前の参議院選挙で明確に、「林雄介支持」を表明してくださったのは、和田直也市議と道家やすなり市議だけです。

これは、大変、感謝しています。

 

その前の参議院選挙で、明確に支持を表明してくださったのは「松沢成文(現)次世代の党幹事長」でした。これも本当に感謝しています。

 

しかし、私の政治力やふがいなさから、国政に参与することができず本当に、申し訳ないと思っています。

 

さて、和田直也君のトップ当選と今後、最年少で神奈川県知事になった松沢元知事とを重ねて、見ると今後が非常に心配です。

 

松沢さんは、地主の息子。和田さんは、会社社長の息子です。松沢さんは慶應、和田さんは立命館大学院。そして、なによりも、松下幸之助の「運だけはあるといわれた松沢氏」と26歳で社会経験もなく岐阜市議になり、トップ当選を続け、順風満帆に、岐阜市長や国政に進出するであろう和田直也君と、松下政経塾を卒業後、27歳で神奈川県議を経て、民主党国会議員、神奈川県知事、次世代の党・幹事長になった松沢さんと、似ているのです。

 

私は、松沢さんも和田さんも青年運の持ち主だと思う。ピークが40歳ぐらいなんですよ・・・。松沢さんは、石原さんみたいに5年から10年隠棲したら、復帰可能(遠まわしにいったけど、遠まわしすぎて、伝わらなかった・・・)。松沢内閣誕生時には、「内閣官房入り」ということで、お手伝いしていたわけです。

それが、副知事、ポストはない・・。とランクが下がっていたんですけどね・・・。

 

政治家ですから、松沢さんも和田君もコミュ力があります。私は参謀家ですから、コミュ力はありません。

「白黒はっきりさせますから。」

20代で、政治家になるべきか?これは、私が衆議院選挙の候補者になった時に、もっとも葛藤したことでした。しかし、官僚から国政転身すれば、ものすごい世間知らずになると思ったんですね。もう1つは、名前を出したら、だめなんだろうけれど、社会党原陽子さん、社会党ヒロスエといわれていたんですが、当時は人気がピークだったんですが、消えたんです。県議選も落ちています。

 

最初は、M党さんからの要請でしたが「原陽子の二の舞になるのを恐れると」お断りしました。実は、M党の選対副本部長が非常に可愛がってくれていて、Hさんというんですが、この人が、選挙で落選して引退しちゃったと。ですから、もしも、Hさんが当選していたら、30代でM党の参議院議員に実はなっていた可能性も高いんです。

一応、民主党政権、その後の自民党奪還まで予測してあてていますからね。

 

政治家になりたいわけではないんです。政治家というのは手段だから、「格差是正」、はっきりいうと一億総中流社会に戻しましょうと。ですから、中川秀直さんや森元首相とも交流していたわけです。

 

内政でいっぱい、いっぱいなんだけど、韓国がディスカウント・ジャパンをはじめて・・・。「内政やる余裕しか日本もないんですよ、格差が広がっているから。」最近、私が、政治活動から身を引いたのは、「もう手遅れだから」。です。

2010年までに、「小泉改革の軌道修正ができなければ、格差社会は、とめれない」これは、「この通りにすれば、受験に受かる」や他の本に書いたとおりです。6年ぐらいは、真剣に国政進出活動を考え、活動していたんです。それは、「格差が出る前に、軌道修正をする必要があったからです。」

 

しかし、「格差が定着してしまいましたから、20年以上かけて元に戻すしかないのです。そうすると、私が2期12年、参議院議員をやって大臣をやったくらいでは、もう戻せないのです。」

本格的に、30年ぐらい議員をやって、真剣に総理大臣まで目指すか?または、本や講演、あるいは政治家のトップ・ブレーンとして、長期的に30年計画で、日本の軌道修正をするしか方法がないのです。

 

ですから、仮に、いま、国会議員になったとしても、1期、2期では、軌道修正が不可能になっているのです。議員は、衆議院で当選5回、参議院でも3回、4回やらなければ発言権はありません。「そのころ、日本はあるのか?」はなはだ疑問です。

 

まず、勉強法の本や、スキルアップ、政治のしくみ、そういう話を広めいていくことで、少しずつ、着実に、この国の軌道修正をしていくしか方法がないのです。

 

和田直也君に話を戻すと、ピークが40歳ぐらいで市長か知事であろうと。で、順風満帆の人は、「隠棲してくれないんですよ。」松沢さんのピークも神奈川県知事。そのときに、映画やら、タレントやら、本の大量出版をしたから、運気がもうない。

「オブラードに包んで、忠告したけど、自分だけは皆さん、例外だと思うんですよ。」

 

私ですら、例外ではないのに、なんで、自分だけ例外と思うかな?。運気が減らなきゃ、20代で国政にいったし、2,3回落選しても政治家を続けますよ。

20代、30代、40代の運気を後半に、わざと回しているんです。使わなきゃ、残せるから。

 

だんだん、自分だけ、特別だと思いはじめますよ。和田さんでも。同じ状況なら、私でも思う。

古典や学問があっても思う。歴史を見たときに、徳川家康でも豊臣秀吉でも、若い時は非常に苦労しています。若い時の苦労があって、晩年が派手だっただけなんですね。それでも、派手にやりすぎて、豊臣家の家運そのものが消えているんです。

天下統一後、派手なことをせずに隠棲し、僧侶にでもなっていれば、豊臣幕府になったのです。

 

もちろん、状況判断を狂わされて、自滅したんです。

「他人の嫉妬で、状況判断が狂うようになる。」そして、側近が離れていき、おかしな取り巻きができ、衰退していくのです。政治家でも武士でも、大名でも、天下人でも、タレントでもみな、同じです。

このことは、私自身も執拗にやられ、苦しんだ中で最近、わかったことです。

 

私自身は、様々な余計な苦労をすることで、「法則」を体得していっているのです。最終的には、孔子のような形か、吉田松陰のような形で、幕を閉じるかもしれませんが、達観せずに、そういうことは気にせずに、「学問し、具体的に人々の幸せの実現のお手伝いを続けていくだけです。」

 

林雄介。